武士道ワンポイントレッスン

矛盾

2010年12月5日

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33回目のテーマは「矛盾」
人生には矛盾がつきものです。
江戸時代は徳川幕府の掟で「喧嘩両成敗」というルールがありました。しかし、藩の掟では、喧嘩を売られてすごすごと引き下がってくるのは意気地なしとされました。でも、喧嘩を売られてその喧嘩を受けたならば、幕府の掟で裁かれて切腹です。喧嘩をしないで戻れば、藩の掟で裁かれて切腹か罷免されて追放です。どうしたらいいの? 疑問です。
こんな理不尽な話はないし矛盾していると、私は当初腹立たしく思っていました。私はこのことをずっと5年間考えた末に答えが見つかりました。今になってこの矛盾が解けて理解できるようになりました。喧嘩を吹っかけられたらもうお終いなのです。喧嘩を売られること事態、平素の心がけが足りないという結果なのです。喧嘩を売る人と売られる人は同じ穴のムジナで同類だと言いたかったのではないか・・・ということです。
私もパワハラに遭った時、上司たちを責めていましたが、私にもターゲットにされる難所があったのだと後になって反省しました。もちろん、その時のずるい上司を好きにはなれませんし、これからも仲よくしたいとも思いません。ずっと見返してやりたいと思っていました。でも、この謎解きができた時、見返すとか悔しいとか腹立たしいという気持ちが、スーッと消えてしまいました。全てが自分との闘いでしかなかったということが理解できたからです。
いじめられない様にするには、信念を持って、自信をもって、自分に誇りをもって、堂々と振る舞うことです。ということは、厳しい冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが、詐欺をする人と詐欺をされる人は同じ土俵にいるということになるのです。もちろん詐欺をする加害者が悪い人で、詐欺される被害者は悪くはありません。ただ隙があるというところを言っています。
以前銀行で若い警察官が「オレオレ詐欺にお気をつけください」と言って、キャッシュディスペンサーに並んでいる人にチラシを渡していました。その時、「大変ですね」と警察官を気遣ったのは若い世代の人でした。肝心要な老人は「俺は気をつけてるから詐欺になど遭わない」と冷たく言い放ちチラシの受け取りを拒否していました。
警察官だって好きでチラシをわたしていたのではないと思います。仕事で、上司命令でしょう。拒否されて戸惑いを隠せず、手持無沙汰な表情になっていました。若い警察官に気配りができなかった老人を見ていて、心に木枯らしが吹いているようでした。相手の気持ちや立場を考えずに自分の立場ばかり考えているから、老人相手に詐欺ができてしまうのではないでしょうか。
この老人が詐欺に遭うか遭わないかは分かりません。この老人とは関係ありませんが、ニュースに「振り込みを止めた銀行員を突き飛ばして怪我までさせて振り込んだのに、それがオレオレ詐欺で被害を受けてしまった」と掲載されていました。自分の目先の事しか考えられない、という視点から判断したら、この被害者と詐欺をした加害者は同じ土俵にいますね。
つまり、人間力を高めて、他者の立場や思いを理解することができるような、徳の高い人間になることが土俵を違えることができるということではないでしょうか。江戸時代は平素から喧嘩を売られないような心がけをすること、を求められていたとも言えますね。
武士道が人々の生活の中に存在していた時は、喧嘩を売られない様に注意をして、自分を高めておくことが当たり前であった、と私には理解できたのです。だから、日本は右側通行だったのです。刀は左側にさします。刀にぶつかられたり、触れられたりしたら、間違いなく江戸時代は喧嘩になりました。すごすごと引き下がることは意気地なしですから、こういう時は必ず「待て!!」となったことでしょう。そうなると、どっちに転んでも切腹です。だから、立ち止まっている時、歩いている人が刀にぶつかってこない様に、左側によけて右側を歩かせたのだそうです。
余談ですが今、東京はエスカレーターで左に立ち、右側を歩きます。でも、大阪は大阪万博以来、欧米に合わせて右側に立ち、左側を歩きます。これは日本古来のしきたりからしたら、東京が正しいということになります。車の往来も、日本は左、西欧は右と反対です。
矛盾についての結論は、矛盾しているように見えることでも、良く考えると道理に合っていることもあるということなのですね。

和歌

2010年12月2日

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32回目のテーマは「和歌」
日本の和歌には言霊があるそうです。小さいころ母が、ほつれた糸をほぐしながら和歌を口ずさんでいました。今思い出そうとしても全く思い出せず、失敗!!控えておけばよかったと悔いています。
何かなくしものをした時にうたう和歌もありますが、口ずさむと失せ物が出てきます。母が絡んだ糸をほぐしながらうたっていた時は、そんなことしたって無理とか無駄と思っていました。でも、今は間違いなく和歌には言霊と霊力があると信じます。
日本って素晴らしい国ですね。
日本語って素晴らしいですね。
9歳まで日本語で育てることが、日本の良さを身に着ける条件のようです。そして、戦前までは外国と同じように、日本人はみんな神様を信じていたんでしょうね。神様とは創造主ではなく、神道では先祖のことですから、神社の神様は全て生きていた人を祀っています。
余談ですが、岐阜には天照大神様が生まれたときの胎盤を祀った神社があり、荏名神社といいます。
伊弉冉命が山を下りてきて産気づいて荏名神社のところでお産をしたと言い伝えがあります。
私はこの言い伝えを何故か信じられるんです。
その周辺には春日町という地名もあり、春日大社の名づけの元になっているらしいです。春日町には天之児屋根命が住んでいたそうです。この天之児屋根命は藤原鎌足の祖先で、天の岩戸の前で、天照大神が姿を現してくださるように祝詞をあげた神様です。それで奈良の藤原家の氏神様の名前が「春日大社」となったとか。春日大社の祭神は武甕槌命。大国主命と事代主命に国譲りの交渉をし成功させ、建御名方命との力競べに勝った神様です。その武甕槌命の分霊を鹿島神宮の鹿の背に乗せて大和に運んだと聞いています。
その天照大神様の末裔が天皇家です。ロマンがいっぱいで、夢が膨らみます。その間、色々な戦いがありましたが、神武天皇からで2670年ですから、天照大神様からだと2700年以上も続いているのですね。西暦より長い歴史が脈々と続いていることが素晴らしいと思います。
CW二コル氏の「誇り高き日本人でいたい」という言葉を、私も同感に思います。誇り高くいるためには、生き方を正すことが必要です。相手によって接し方を変えたり、誰も見ていないから手を抜くことは『恥』です。信用信頼のおける人となるように、日々努力が必要です。
明治天皇御製 
1日  目に見えぬ 神にむかひてはぢざるは 人の心のまことなりけり
   (神様に恥じない心こそ誠の心です)
昭建皇太后御歌
2日 人しれず 思ふこころのよしあしも 照し分くらむ天地のかみ
   (心の中も神様はみていらっしゃいます)
発行明治神宮社務所

五箇条のご誓文

2010年11月30日

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31回目のテーマは「五箇条のご誓文」
昨日、明治神宮を参拝して、もう木々が紅葉していて、散歩にはちょうど良い季節でした。外人の参拝者が多かったです。カラスと一緒に和装の男の子が遊んでいると、外人さんが何人もで写真を撮っていました。男の子は自分を撮られているわからず無邪気に遊んでいました。きっと珍しいのでしょう。
伝統というものが如何に素晴らしいか、外人の興味によって改めて深く感じました。明治神宮という神々しい場所だからでしょうか、道すがら声を掛け合うこともしばしばありました。国と国は揉めていても、そこの国民には親友もいるし、恋人にしている人もいるかもしれません。そう考えると、やはり仲よくするために努力をすることが一番だと思うのです。国同士の仲よくするということを「平和」という言葉で表します。
「平和とは、心に浮き沈みがなく平らけく安らかに落ち着いていて、周囲との和が保ててい状態」という意味を持っています。
平和は左翼と言われる人たちだけが使う言葉ではありません。仲よくするには、平和を維持するには、人間一人一人が努力をしなければならず、ただ何も考えずに過ごしていては「仲よく=平和」の状態を維持することはかなわないのです。「仲よく」するために「武士道」という心の在り方が、今は世界に、つまり、地球上の人類すべてに備わっていると良いと思えるから、武士道を推進しています。武士道は戦争をするための心構えでもなく、生きる上で気持ちを落ち着かせ、冷静な判断をし、他者に迷惑や不快な思いをさせないように生きるための考え方といえましょう。
昨日掲載した教育勅語も、今日掲載する五箇条のご誓文も、世界に通用する素晴らしい教えですね。このような教えが日本にあることを私は誇りに思い、外国籍(外人)の大切な友人に贈ることにしました。日本の政治家の方々に、ぜひいつも胸にご誓文を入れてお仕事をして頂きたいと思います。特に総理大臣に望むところです。
明治神宮で求めてきた教育勅語の裏に書いてありました。
五箇条のご誓文
一.広く会議を興し、万機公論に決すべし。
一.上下心を一にして、盛に経綸を行ふべし。
一.官武一途庶民に至る迄、各其志を遂げ、人心をして倦(うま)ざらしめん事を要す。
一.旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。
一.智識を世界に求め、大に皇基を振起すべし。
我国未曾有の変革を為んとし、朕躬(ちんみ)を以て衆に先じ、天地神明に誓ひ、大に斯国是を定め、万民保全の道を立てんとす。衆亦此旨趣に基き協心努力せよ。
明治元年三月十四日
「五箇条のご誓文」意訳(口語文)
一.広く人材を求めて会議を開き議論を行い、大切なことはすべて公正な意見によって決めましょう。
一.身分の上下を問わず、心を一つにして積極的に国を治め整えましょう。
一.文官や武官はいうまでもなく一般の国民も、それぞれ自分の職責を果たし、各自の志すところを達成できるように、人々に希望を失わせないことが肝要です。
一.これまでの悪い習慣をすてて、何ごとも普遍的な道理に基づいて行いましょう。
一.知識を世界に求めて天皇を中心とするうるわしい国柄や伝統を大切にして、大いに国を発展させましょう。
これにより、わが国は未だかつてない大変革を行おうとするにあたり、私はみずから天地の神々や祖先に誓い、重大な決意のもとに国政に関するこの基本方針を定め、国民の生活を安定させる大道を確立しようとしているところです。皆さんもこの趣旨に基づいて心を合わせて努力してください。
発行:明治神宮社務所 平成22年10月

教育勅語

2010年11月29日

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30回目のテーマは「教育勅語」
今日は明治神宮へ参拝に行ってきました。
教育勅語の意訳がありましたので、下記に転記してみました。たいせつな事は、戦うこと、主張すること、ではなく、調和すること、融和すること、助け合うことと教育勅語にも書いてあります。それが結果的に平和へと導かれていくのだと思います。融和や調和には、いがみ合うこと、相手を困らせることなどは当てはまりません。他者に注文をつけるなら、まずは自分がやってみましょう。
日本人は和を尊ぶ民族です。世界初の憲法17条も和をもって尊しとなすとあります。和とは、融和、調和、平和、柔和、温和、などです。足し算も和と言います。つまり、他を受け入れ、相容れ合うことでしょう。喧嘩も器の大きいおおらかな人の方が、一見負けたように見えていても、お釈迦様の手の中で頑張っていた孫悟空のような状態で勝つものです。
日本人としての誇りを持つということは、まずは和を尊ぶことではないでしょうか。武士道は誇りを持って生きること、信念を持って生きることを推し進めています。だからこを、和を大切にすることから始めたいと思って活動をしています。
「教育勅語」口語文 明治神宮発行
国民の皆さん、私たちの祖先は、国を建て初めた時から、道義道徳を大切にする、という大きな理想を掲げてきました。そして、全国民が、国家と家庭のために心を合わせて力を尽くし、今日に至るまで美事な成果をあげてくることができたのは、わが日本のすぐれた国柄のおかげであり、またわが国の教育の基づくところも、ここにあるのだと思います。
国民の皆さん、あなたを生み育ててくださった両親に、「お父さん、お母さん、ありがとう」と、感謝しましょう。兄弟のいる人は、「一緒にしっかりやろうよ」と、仲よく励ましあいましょう。縁あって結ばれた夫婦は、「二人で助け合っていこう」と、いつまでも協力しあいましょう。学校などで交わりをもつ友達とは、「お互い、わかっているよね」と、信じあえるようになりましょう。また、もし間違ったことを言ったり行った時は、すぐ「ごめんなさい、よく考えてみます」と自ら反省して、謙虚にやりなおしましょう。どんなことでも自分ひとりではできないのですから、いつも思いやりの心をもって「みんなにやさしくします」と、博愛の輪を広げましょう。
誰でも自分の能力と人格を高めるために学業や鍛錬ををするのですから、「進んで勉強をし努力します」という意気込みで、知徳を磨きましょう。さらに、一人前の実力を養ったら、それを活かせる職業に就き、「喜んでお手伝いします」という気持ちで公=世のため人のため働きましょう。ふだんは国家の秩序を保つために必要な憲法や法律を尊重し、「約束は必ず守ります」と心に誓って、ルールに従いましょう。もし国家の平和と国民の安全が危機に陥るような非常事態に直面したら、愛する祖国や同法を守るために、それぞれの立場で「勇気を出してがんばります」と覚悟を決め、力を尽くしましょう。
いま述べたようなことは、善良な日本国民として不可欠の心得であると共に、その実践に努めるならば、皆さんの祖先たちが昔から守り伝えてきた日本的な美徳を継承することにもなりましょう。
このような日本人の歩べき道は、わが皇室の祖先たちが守り伝えてきた教訓とも同じなのです。かような皇室にとっても国民にとっても「いいもの」は、日本の伝統ですから、いつまでも「大事にしていきます」と心がけて、守り通しましょう。この伝統的な人の道は、昔も今も変わることのない、また海外でも十分通用する普遍的な心理にほかなりません。
そこで、私自身も国民の皆さんと一緒に、これらの教えを一生大事に守って高い徳性を保ち続けるために、ここで皆さんに「まず、自分でやってみます」と明言することにより、その実践に努めて手本を示したいと思います。
明治23年(1890年)10月30日
御名(御実名「睦仁」)、御璽(御印鑑「天皇御璽」) ―明治神宮崇敬会刊『たいせつなこと』より―

人に好かれる方法

2010年11月27日

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29回目のテーマは「人に好かれる方法」
人に好かれるためにはどうしたら良いか?
評判がよくなるにはどうしたら良いか?
これは好かれるために何かをしても、好かれないということです。
評判を上げようとして努力をしても、良くはならないということです。
それではどうしたら良くなるのでしょう。
それは、簡単なことなのですが、やってみると難しいことなんです。
①嫌いな人を作らない
②苦手な人を作らない
③嫉妬心をなくす
④恨まない
⑤悩まない
⑥迷わない
⑦僻(ひが)まない
⑧怒らない
⑨当たり前をなくす
⑩頼らない
⑪楽をしない
この11か条を守れば、評判が良くなります。
自分を認めてくれない人を嫌いになります。
つまり、いつも自分に対して辛辣なことを言ってくる人は好きになれないのが人間です。人間はみんな、相手の返事に対して欲しい答えを持って話しかけています。だから、思いもよらない返事が、自分を否定していたりすれば、不快になって怒りが込み上げてしまうのです。不快な思いをさせた人を好きになれるかと言えば、余程人間ができていなければ難しいでしょう。
自分の思い通りにならない人は苦手になります。
つまり、他者から悪く思われずに、思うがままに振る舞いたいから、イライラしたり苦手意識が出たりするのです。潔く、悪く思われてもいいから思うがままに振る舞おうと決めれば、苦手な人などいなくなります。でも、みんなを敵に回してしまうけど、北朝鮮だってあれだけやっていて何とかなっているではないですか。長いことは持たないと思いますが・・・。
だからこそ、他者に不快な思いをさせたり、損をさせたりしない様にしようと思っていたら、自分の思い通りにならない人でも、腹は立たずにあしらい方が見えてくるものです。
そして、特に日本人は隣の人や、レベルの同じ人と自分を比べて、安心したり焦ったりしています。安心できるのは、同じレベルの人がいるから「みんな一緒、みんな同じ」なんて楽をしているわけです。それなのに、そのサボり仲間が出世したり成功したら、当然安心が崩れます。だから、嫉妬心で膨れ上がってしまうのです。
嫉妬は女より男の方が酷くて醜い仕打ちをします。パワーハラスメントなんて、初期段階では男性間がほとんどでした。私も新聞社でパワーハラスメントにあった時は、上司はほとんどが男性でした。
嫉妬をして苛めるのは、本人が努力をしないで自分の方が上にいようとするからです。嫉妬する暇があったら、自助努力をして自分の能力を高める努力をした方が身のためになります。
恨んだり妬んだりすると、病気になります。
ましてや、死んだ後に何かしらが残れるとしたら、肉体は焼かれてしまうわけですから、焼けない心である意識だけが残ります(あの世に行っていないから確認したわけではありません)そうなると、恨んだり妬んだり怒ったり嫉妬したりしている自分の意識通りの世界が出来上がります。
だから、嫌でも地獄にいるような状況が出来上がってしまうのでしょう。反面、愛したり親切にしたり、思いやりを持った意識でいれば、自然と天国的な状況が出来上がっていくでしょう。生きているときの意識の持ち方によって、死んだあとの世界が決まるというのは、こういう意味だったのか、と悟りました(笑)
悩んだり迷ったりするのは、損をしたくない、責任を取りたくないという及び腰の時です。誰かに損をさせたり、責任を取らせるのではないならば、挑んでみた方が良いと思う方が美しいです。損得ではなく、役に立つか立たないか、誰かが幸せになるか不幸になるか、など他者を対象して考えれば、意外と冷静に答えが出る物です。損得は自分が中心になるから、悩んだり迷ったりするのです。たとえどんなに立派な人でも、自分の事だけは分からないというではないですか。
世の中に当たり前の事など一つもないのに、いつもあるものには案外感謝ができないものです。だから楽をしてきた人は、役に立たないのですね。つまり、楽をしてなんでも当たり前に手に入ってきた人は、無くて困っている人の気持ちを理解できないし、気遣いができないからです。当たり前に手に入っていることに感謝ができれば、ヒガミもなく穏やかで気遣いができる人になります。また、無くて困っている人がヒガミ根性を出さずに、自分のような苦労はもう誰にもさせない、と思ってつくしたならば、きっと子子孫孫に至るまで幸せが続くことでしょう。
苦労をして、僻まず、いつも明るく過ごしていれば、必ず幸せになるということですね。それは、苦労が成長の問題集ということになるからでしょう。武士道協会の会員さんは、みんなで手を携えて、社会貢献をして、地球が喜ぶことをしていきましょう。

ほんとうの幸せ

2010年11月18日

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28回目のテーマは「ほんとうの幸せ」
幸せも悩みも総て意識がもたらすもの。意識とは物事のとらえ方でもあり、考え方でもある。
今日の研修で私が質問をした。
『人間は生まれたときから死へ向って歩んでいるから、言い換えれば死ぬために生まれてきたともいえます。その上、辛い事が沢山あるし、不幸だと思う事も沢山あるはずです。幸せだ、楽しいなと思う事より、辛いと思うことの方が多かったのではないでしょうか?』
すると全員が
『はい、確かに辛い事の方が多かったです』と答えた。
そこで私は
『ここで、研修をやめたら、生きて行く元気もなくなるでしょう。だから意識、物事のとらえ方を変えてみましょう』と申し上げた。
『今我々が肉体を持って生活をしている時を、修行の時ととらえます。何故修行かというと、それは何をするにも不自由だからです。私たちは、肉体を持っていることが如何に不自由か、無意識に生きていると分かりません。どこかへ移動しようとしたら、先ずお金を稼がなければならない。そうしないと、靴も買えないし乗り物にも乗れない。人間は食べなければお腹が空く。食べる物を得るためには、他の生き物の命を奪うし、先ずはお金を稼がなければならない。厄介なことに食べれば排泄したくなる。排泄する場所、トイレットペーパーなども必要となり、それにもお金を稼がなければならない。食べれば眠たくもなる。最近はホームレスが流行っているけれど、大抵の人はそれには満足できず、寝床を確保しなければならなくなる。それには大金が必要で、保証人まで必要で、真剣に稼がなければならない。これを不自由といわずになんと言いましょうか。それに、他者の考えている事が分からない。だから不安になる。意識体だったら、他者の考えは明白に分かるらしいし、移動も時間軸がないから瞬間移動が可能らしい。それに、同じレベルの人たちといつも一緒であり、考えの違う人とは一緒にいないでよいらしい。そうなると学びには不向きである。だから肉体をもってより良い意識体に成長するために肉体を持って生まれてきた。しかも200年も300年も順番を待って生まれてきた。だから、生まれる前に課題を出してきていて、それを解くことで成長できるから、必死に取り組む方が良さそうだ。こう想像したら、今の辛さに対してどう思いますか?』
そうしたら、参加者全員が『もっと一生懸命生きる』という答えが出てきた。
つまり、考え方によって幸にも不幸にもなるわけで、物や地位があるから幸せということにはならない。本当の幸せは、今を一生懸命生きて、毎日の生活の中から、嬉しい事、ありがたいと思うことを見つけることなのだ。つまり、感謝をするということ。どんな小さなことにも感謝をし続ける事が、いつもいつも幸せでいられる。総てが積み重ねである事を忘れてはならないのである。
武士道ではよく「武士は食わねど高楊枝」と言う。
これでもわかるように、昔から生きるには我慢がつきものなのだ。だからこそ、考え方、とらえ方次第なのである。時という流れの中で生きて、死なない人はいない定めの今の世の中。ということは、物や地位に幸せを求めるほど、浅はかで儚いものはないといえるのではないだろうか。もう一度、家族のあり方を見直して、仕事の取り組み方を考え直してみてはいかがだろうか。きっと幸せを手に入れていたことに気づくはずだ。 
武士道はそれを教える事も役目であると私は信じている。人生を問いても、一人一人違い、人生をどの様に考えるかによって、それぞれの答えが違い、決まっているものではない。よって、幸せは他者に与えてもらうものではなく、自分で感じ取るものだと気づいた人が幸せなのである。

ポジティブシンキング=プラス思考

2010年11月3日

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27回目のテーマは「ポジティブシンキング=プラス思考」
聞き飽きる位聞いている言葉だと思います。ポジティブにした方が良いことは誰でももうわかっています。しかし、辛い時、苦しい時、八方塞の時にポジティブになるにはどうしたら良いかが分からなくなってしまうのですね。村上和雄先生のご著書にも書いてありましたが、マイナス方向に物事をとらえてしまうと遺伝子がオフになってしまうと。マイナスな言葉「ダメ」などは早く封印するか追い出してしまった方が良いそうです。
しかし、危機管理をする部分、保障の部分にまでどうやってポジティブシンキング、プラスの言葉使ったらよいのか?確かに保障問題や保険などでは、万が一ダメだった場合には・・・という言葉で仮定しないことには話が進みません。それすら、きっと大丈夫だからといって目を瞑っては、保障もうけられなくなります。また辛い時に考えないのは危機管理ができていないということだ、と思いたくなります。
そこで、デールカーネギーの著書に書いてあったように「悪い予想をすべて書き出し、それに対する対処策を書く。そして書き終わったら、悪いことが起きるまで引き出しの中に入れてしまい、封印して出さない。そして悪いことは忘れる」をすればいいのです。これをしてからは一切悪いことは考えない。そうすることで幸せに逆境を乗り越えることができるということなのです。逆境は成長を与えてくれます。
悪く取らずに、良くなった自分を想像して、リラックスして淡々と努力していきましょう。

「武士道と経営」その2

2010年11月1日

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26回目のテーマは「武士道と経営」その2
10月1日の武士道ワンポイントレッスン「武士道と経営」その1 で掲げた問題の答えです。
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経営者の4つタイプ
① バランスシートとにらめっこをしながら、節約を言い渡す人
② グループを作り、チームごとに費用対効果を競わせる人
③ 成果が上がったらその都度上乗せして手当を出して、意欲を上げようとする人
④ 社員と一緒になって働き、朝も誰よりも早く出勤し、一緒に掃除もして後ろ姿を見せる人
果たしてどの経営者が一番業績を上げることができるか考えてみてください。その理由も考えましょう。

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答えは、②です。
 一時、勝ち組負け組という言い方がかなり流行りました。それは、日本人が勝ち負けをかなり意識しているからに他なりません。ですから、1対1で競争をすることを考えるだけで意欲がなくなってしまう人がいるはずです。「競争が嫌いだから競争をしない」という人に限って競争心がとても強いのです。だからこそ、負けたくないから、負けることを考えるだけでも不安になるから、競争そのものを避けてしまうのです。だから、競争が嫌いなのではなく、競争で負けたくないのです。また、勝つまでの努力もするのが嫌だというのが本人すら気づいていない、深層での本心でしょう。人間の心理というのは不思議なものですね。
 その様なわけで、グループごとに戦わせられたら、負けても仲間がいます。一人で悔しさを味わう必要がありません。そして、勝つための努力も一人で黙々としなければならないということもなく、協力しながらできます。これがグループでなく個人であった場合は、裏切られそうだったり、出し抜かれそうだったりして、なかなか本音で話して協力することなどおいそれとできやしません。グループですと、その点リラックスしてゲーム感覚で競争ができるのですね。
 その時、成果で競い合うと「不公平だ」と何かにつけて不満が出ます。ところが費用対効果ならば、節約と命令しなくても節約したくなるのが人情です。費用対効果で戦うとは、人件費、光熱費、家賃、諸経費などすべてを時間割して金額を出し、売り上げなども時間で割って一時間あたりの売上高を出しておきます。そうすることで働いたことにより、儲けが出たのか余剰がでたのか明確になります。それによって、働き具合が明確になるのです。あまりに恵まれた環境を作るよりも、間違いなく成果が出ます。もちろん、仕掛け方も大切ですから、視点を沢山持っていないとなりませんけどね。
① は意欲をなくしてしまいます。ケチとか、うるさいと思われてしまいます。
② ―
③ では、お金を出さないと働かなくなります。またお給料をもらってもありがたいと思わなくなり当たり前になってしまいます。何か用事を言いつけると、いくらくれるの? という感覚で、楽しく仕事をする雰囲気ではなくなります。
④ は、余程社長自身が信念を持って取り組むのでなければ、社長がやってるなら、やっていてもらえばいいか・・・・と社員がなった時に、社長自身がイライラするだけです。また軌道に乗せるまでには、とても長い年月がかかりますから、それを覚悟でやれるのなら良いでしょうが、下心を持って始めるならやめた方が良いでしょう。
 仕事は楽しくすれば遊びよりも達成感を得られて面白くなります。だからこそ、ゲーム感覚で取り組める方法を見つけるのは、子供用の勉強教材だけではなく、大人の仕事の世界にも通用するということです。

精神的に強い者(克己心)

2010年10月20日

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28回目のテーマは「精神的に強い者(克己心)」
自分に打ち勝つ強さ。
お不動様が左手に持っている羂索(けんさく)は縄を意味している。
この羂索はもともと仏教を信じない輩を教化するために、引き寄せたり縛ったりするものだったが、日本では、それに欲望を戒め自己に打ち勝つために使うものという意味が含まれている。
欲望を抑えて克己心を育てることは大変難しいことである。
自由・平等・平和 と今の人たちは謳い、人権を声高に主張する。
しかし、本当の自由とは何なのであろうか?
  
航空機に搭乗すると、常にシートベルトによって縛られている。
そして、離着陸時や乱気流に遭遇したときは、トイレすら行くことを許されない。
不自由さを感じるはずだ。
しかし、その航空機がアフリカのジャングル付近に到着し、
「さあ、今から降りて自由にしてください」
と放り出されたらいかがなものか。
いつ猛獣たちに襲われるかわからない。
蛇、毒虫、何がいるかわからない。
その時、身を守るために先ず自分のまわりに囲いを作ろうと思うのではないか?
広々としたジャングルでの自由って何を持っていうのだろうか?
人間が欲望を克己心により抑え、自分の感情に振り回されずに穏やかに精神的に穏やかに暮らせること、これが本当の自由というのである。
つまり、欲望に支配されず、感情に支配されず、自由な心でいること、これを自由というのであり、欲望に身をゆだねて他者の迷惑も考えずに好き勝手なことをするのは、自由奔放といって、自由という表現とは分けている。
本当の自由は、誰にも、どの様な事にも支配されたり、翻弄されたりしない心を持つことである。
つまり本当の自由が欲しければ、不自由さを楽しむことが前提であろう。
それには、小さい時から公徳心である武士道精神を植え付けなければ、種のないところから芽はでないのだから、克己心のある人間を育てることはできない。
ある一人の先導者を、素晴らしいと思うように仕向けられる教育は、最も不自由ということだ。
だから、民主主義がいいと誰もが思うのだが、民主主義は一人一人の人が、正しい知識と判断力を備えていなければ、成立しないことも理解しておく必要がある。
民主主義国家で無責任な国民ばかりがいたら、国は滅びる。
無責任な国民とは、誰かが何とかしてくれるだろうと思っている人、悪いのは政治家だと思っていて自助努力をしない人である。
さあ、それでは本当の自由を手に入れるためには何をすべきなのであろうか?
それは、活学をして、多くの偉人の中から尊敬する生き方をした先人を見つけてわくわくする気持ちを味わうことだ。
そして、その偉人の生き方を真似ることで、己を律する事ができるようになる。
心を律する事が克己心であり、本当の自由を得ることであることに、早く気が付くことができたら、競って武士道を学ぶはずではないだろうか。
 また我慢をすることと克己心を持つことの違いも正しく理解しておくことが必要である。

認めてもらい、好かれる人になるには

2010年10月15日

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27回目のテーマは「認めてもらい、好かれる人になるには」
 自分の魅力を肯定し認めて、自分の人生を楽しいものにすることで他者を救えるのである。自分で自分を否定する人ほど、他人に自分を認めてもらいたいと思う気持ちが強くなり、認めてもらえないことで、怒り、恨み、被害妄想にもつながっていく。己で自分という人間そのものを肯定できないから、自分の行為を他者に認めてもらおうとするのである。認めてもらうためには、その人に好かれ、その人の好むような行為をする人にならなければならない。その結果不本意なことをして、しなくてもいい我慢であってもせざるを得なくなり、ますます自分を追い込んで、粗末な扱いをしてしまうのだ。だから余計に自分は我慢をしているし、努力もしている、それなのに…という思いが強くなり、不満が充満してしまう。
 しかし、自分が我慢しているのは好かれるためなのだから、決してその人が我慢してほしいと思っていることを我慢しているわけではない。そこにズレが生じる。ズレているということを感じるには、自分の情動を把握する必要がある。それには、ある程度ゆとりと感性が必用となる。しかし、自分を粗末に扱ってボロボロになっているが故に、ゆとりも感性もない。だから、自己満足の範囲での努力であることすら理解できないわけだ。
 人に認めてもらいたいと思うなら、まず自分の魅力を自分で見つけてみよう。そして、自分の魅力を他人に知らせるための努力をしよう。そうすると努力が自分のためであることを自覚できる。だから、認められない場合は対策を考え、必死に努力する。それが自己対峙になる。そうしている内に、素直に自分を肯定できるようになる。そうなれば、あとは成り行きに任せているだけで、すべてがうまくいく。自分を肯定できるようになったときは、信念が生まれる。信念は物事の判断をするときの大黒柱となり判断力を高める役割を持っている。判断が早く正解の確立が高ければ当然自信もつく。自信がつくとゆとりが生まれる。その“ゆとり”が、周囲から認められるところなのである。自信があるからこそ素直になれるとも言える。素直とは感じの良い物である。評判が上がらないわけがない。

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