7月31日の日記
茨城県内の優良企業の創立記念講演に呼んでいただきました。
本当に光栄に思っています。ありがとうございました。
200名の方がご出席してくださり、日本人の心・武士道を聞いてくださいました。
小学生の姿もあり、1時間半もの間、きちんと聞いてくださっている姿に感動しました。
益々のご発展を心よりお祈りいたしております。
控室は和室でした。
畳の香と日本茶は疲れを癒してくれます。
うだる様な暑さでした。
水戸で納豆をかってき忘れたことが心残りでした。
仕事は本当に楽しいですね。
最高に幸せな2日間でした。
関係者の皆様、本当にありがとうございました。
武士道とは道徳(高徳・公徳心)であり、正しい生き方の指針です
一. 仁 (慈悲:惻隠の情=可哀相に思う情けの心・慈悲慈愛)
二. 義 (無私:損得勘定のない判断、労わりの心、公を重んじ無私に生きる)
三. 礼 (礼儀:秩序を重んじる、方便、悟られないように気配りをする)
四. 知 (智恵:知識を身につけ消化して経験を加味し智恵にする、論語読みの論語知らずにならない様にする、知識を振りかざすことを恥とする)
五. 信 (信用:信頼、至誠、嘘をつかない)
六. 勇 (勇気:親切も社会貢献も勇気が生み出す)
七. 名 (名誉:他者のプライドを大切にする事で和が生まれる)
八. 忠 (忠義:忠誠心、誠心誠意対応する)
九. 孝 (親孝行:親や先祖を大切にする、当たり前の事に感謝をする心)
十. 恥 (羞恥心:他者に迷惑をかける事を恥ずかしく思う心)
「和」とは、信念を持って、総てを肯定するところから生まれる
2010年7月31日 11:04 PM | 日記 |
7月30日の日記
スーパーひたちで水戸へ。
ダイワロイネットホテルに泊まりました。
広いシングルルーム、広いバスタブ、広いバスルーム、大きなベッド、長いテーブルと小テーブル、椅子が二つに加湿器も着いていました。
アメニティも柔らかく使い心地の良い歯ブラシやお茶用のコップもマグカップが2つと日本茶と梅茶が一袋づつついてました。
チェックアウトも11時、朝食も和洋折衷のバイキング、大変満足でした。
ただ、クッションが一つ、或いは、羽枕がもう一つあったら最高でした。
水戸の割烹は、驚くほどお造りの切り身が大きのです。
びっくりするほど大量のお刺身で、食べ切れなかったことが今も悔やまれます。
美味しかったです。
わざわざ女将が挨拶に来てくださり、正座もおつなものだと思えるひと時でした。
2010年7月30日 11:17 PM | 日記 |
7月29日の日記
今日は「敬天愛人フォーラム21」で講演をしてきました。
神田のビルの6階に会場がありましたが、階段のみでした。
その時、主催者の挨拶で「登城して戴き、ありがとうございました」とありました。
なぜか嬉しくなってしまい、この場所がとても好きになりました。
出席くださった方々は、立派な方々が多く、名刺交換させて頂きましたら、大学教授もいらっしゃいました。
明治維新は、山岡鉄舟の命を捨てた奉仕の精神と西郷隆盛の大局を見極め先見性と私心のない判断が成し遂げたものです。
西郷さんがいなければ、もっと沢山の血が流れ、明治維新ではなく革命になっていたと思います。
武士道を実践した二人に、やはり国民として感謝をし、称えることを忘れてはならないと改めて感じました。
ぜひ学校の授業で、西郷隆盛と山岡鉄舟の人物研究を子ども達にさせて欲しいと思います。
胸が熱くなり、日本国を愛する人間に育つ事間違いありません。
今日も最初に西郷南州翁遺訓第三十ヶ条が読まれました。
私の大好きな文言です。
これを聞くと胸がジーンときます。
命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也。
此の仕末に困る人ならでは、艱難を共にして、国家の大業を成し得られぬなり。
去れども、个様(かよう)の人は、凡俗の眼には、見得られぬぞと申さるるに付、孟子に、『天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行ふ、富貴も淫すること能(あた)はず、貧賤も移すことを能はず、威武(いぶ)も屈すること能わず』と云いしは、今仰せられし如きの、人物にやと問ひしかば、いかにも其の通り、道に立ちたる人ならでは、彼の気象は出ぬ也。
これは西郷隆盛が山岡鉄舟のことを語っているものです。
命も惜しまず、手柄も欲しがらず、高い役職も欲しがらない、こういう人は敵からしたら厄介極まりないということですが、本当に信頼できて、信用できて、安心して付き合える人に間違いありません。
私も本当に本当にこのような生き方をしたいと強く強く思って研鑽しています。
なかなか・・・難しい修行で、一生かけてこの境地に達成できるか・・・欲を断ち切るのは本当に至難です。
2010年7月29日 11:14 PM | 日記 |
『私も一言物申す』 世の中に一言!! 一言私にも言わせて(^。^)
第八回目のテーマは「女の子の男言葉」
最近女の子の男言葉が耳につくようになりました。
オカマ言葉もあるから、その反対が流行っても仕方ないのかもしれませんが、日本語の持つ素晴らしさを改めて考えて欲しいと切実に思いました。
バスに乗っていて、可愛い感じの親子(2~30代の母と2~3歳の娘)が乗ってきて、私の座席の後ろに座りました。
その小さい女の子は全く声が出ていませんでした。
話せないのではなく、話さないのです。
だから、母親の声しか聞こえてきません。
「何やってんだよ、お前。わざとだろう」
「・・・」
「やめろよ、やめとって言ってんのがわかんねぇのか? 馬鹿野郎!」
「・・・」
「ふざけるなよ、いい加減にしろって言ってんだろう!」
「・・・」
「なぐるぞ!!やめろ!!」
どうしても気になり脇から“ちょっと見”をしました。
女の子が何かを食べていて、もちろん母親にもらったものでしょうが、
その食べ物によって手が汚れていたようです。
バスが揺れるから、身を支えるために母親につかまってバランスをとっていたようです。
この言葉が何故発せられていたのか、意味がやっと分かりました。
それにしても、これが母親の言葉であり、またそれを女の子に使っている言葉であるというところに悲しさを覚えました。
この可愛い女の子も何年か後には、こういった男言葉で話すのだろうか?
その前に、いじめられないといいけど・・・
イジメに遭っている子の多くが、親の憂さ晴らしの対象に親ですら無意識の内ですが、されています。
この子が将来、幸せになるためには母親から愛されているという確信が必要です。
これで愛されていると確信をもって成長できるでしょうか?
子どもの教室や育児セミナーの講師をしている私は心配になってしまいました。
親達が求めているものは、子どもの言葉遣いを正しくしたいということは上位に上がります。
まず親からなのかしら?
素敵な話し方をなさる親御さんもいらっしゃるのに、この差はどこからなのでしょう。
7月27日の日記
今日はどうしても抜けられない用で炎天下を出かけました。
丁度ふるさと市場があり、もろへいや、取れたてハーブ(バジル)、緑色のナス(米ナスの緑版)、えごま、等を見つけました。
珍しさから買って来て、モロヘイヤを湯がいたらトローッとして、からし味噌あえにしました。
えごまは薄口醤油や出汁などで漬けました。
ご飯にのりの代わりに巻いて戴く予定です。
他は明日作ります。
つまり、作ったけど何も食べていないんです。
なんか時間に追われて食べる間がなかったのですが、今日の夕飯はおにぎりをかじりながら仕事をしていました。
2010年7月27日 11:40 PM | 日記 |
7月22日の日記
名古屋の暑さは異常なほどです。
お部屋の中が40度超えていました。
何をしても汗がタラタラ・・・
お風呂に入り、シャワーをかけていたのですが「いつもよりぬるめだわ」と思っていたところ、なんとスイッチを入れ忘れて水をかけていました。
それなのにお湯なんです。
硫黄島で、雨水を溜めておいて飲もうとしたら熱湯になっていた・・・って聞いた時は想像ができませんでしたが、やっと分かりました。
駅から宿泊している所まで、まったく日陰がない中を坂を登りながら歩いていたら、もう日焼けすることも、どうでもよくなってしまいました。
総てが程よい加減がいいですね。
総てバランスが取れていないと、迷惑なんだと実感しました。
2010年7月22日 11:35 PM | 日記 |
7月19日の日記
「帰ってきた蛍」の舞台を見てきました。
元空将の佐藤守さんがいらしてました。
武士道学校の講師です。
幕が開き、始めは昭和30年にお参りする家族の映像が写りました。
もう10年も経ってしまったという台詞が流れてから、もうなぜか涙がポロポロ・・・
2時間泣きっぱなしで、目が腫れてしまいました。
だれも笑って突撃していった人はいないけど、みんな大切な人を守るために突撃を志願していました。
靖国神社に祭られて神様になるんだと。
今、総理大臣すら8月31日に靖国参拝を拒む現状を知ったら、どう思うでしょう。
誰のお陰で今の平和があるのか? 本当に考えさせられました。
素晴らしい舞台で、涙なくてはとても見ることはできない作品でした。
史実に基づいているので、違和感がまったくありませんでした。
学校の道徳の時間にこのような舞台のDVDを見せれば、子供たちも感謝する気持ちが生まれると思います。
感謝の気持ちがある人は安易な自殺を選ばないと思います。
今でも書きながら涙がジワーッ・・・・
ありがとうと心から伝えたい舞台でした。
白石さん、また来年も企画してください。
でも、経費面でできるかどうかわからないとおっしゃっていました。
寄付のできる企業が後押ししてくださればいいのですが・・・
何しろ貴重な舞台でした。
2010年7月19日 11:42 PM | 日記 |
7月18日の日記
東京で人間力向上セミナーを開催しました。
今回は死刑について話し合いました。
死刑を廃止だとか継続だとかの話し合いではありません。
「命」について考えるために死刑を演題として取り上げました。
イタリア人のマヌさん、武士道協会の西大條理事も参加して、素晴らしい発表がありました。
佐藤世事さん発表のチームはホワイトボードを使い鎌田敏さんの達筆過ぎる文字で熱心に書かれていました。
死刑ではなく、遠島や終身刑などいろいろな意見も出ました。
命を考えて自分の意見を言う場が有って良かったといっていただけたことに、とても嬉しく感じました。
事前に演題を知らせて欲しいという意見もでましたが、私は意識的に演題はぎりぎりに設定してぶっつけ本番を計画しています。
理由は想像力、思考力、自力、あるがまま、この辺りを大切にしたいのです。
事前に準備すれば確かに立派で完璧なものができるでしょう。
でも立派なものよりも、荒削りでもその場を楽しめる力をつけた方が良いと私は思っています。
完璧を求めた結果、ある日プツン・・・となってしまう人が増えたのではないか・・・、そして今、わが国は良い国になっているでしょうか?
自分の持っている力を出し切って、今を全力で生きるという事を身につけていきたいのです。
武士道協会だからこそ、それを身につけたいのです。
「将来必ずよくなる」という考えよりも「今が最高」とどのような環境であっても思える生き方が「幸せ」なのだそうです。
いつも事前に知らされていないと安心できない。
いつも周囲の情報を知らされていないと安心できない。
という状態では、想像力、創造力、臨機応変、即戦力 などの力が不足しているときではないでしょうか。
せっかくの人間力向上のためのセミナーなのだから、足りない自分を発見して「まだ学べる」と感動するくらい進歩的に生きていきたいと思っています。
とっても幸せを感じる生き方ですから、ぜひ、皆さんも試してください。
事前に知らせた方が良いことは、事前にお知らせするようにして参ります。
でも、人間力向上セミナーは、人間力を高めるためのものですから、出来ない事を出来るようにしていくことを目的としています。
だから、今までと違うやり方でやらせて頂きたく、ご理解とご協力をお願い申し上げます。
こだわらない(執着しない)、全肯定、今を楽しめる、今の幸せを見つけ感謝できる、それが「人間力」であると思います。
2010年7月18日 11:14 PM | 日記 |
7月13日の日記
東京のお盆です。
死んだ後の世界ってあるのかないのか?
私は有ると思っています。
あの世は有ると思うけど、私は天国と地獄に分かれているとは思わないんです。今の延長線上で肉体がないのを想像しています。
松下幸之助さんは死んでから戻ってきた人がいないから
向こうの世界の方がいいんだろうとおっしゃったとか(笑) 確かに!!
でもお墓参りなどは、自分の満足なのか、死んだ方への弔いなのか、わかりません。
地獄は自分の想念でできているように思うのです。
今のこの世での生き方によって、自分で地獄を作ってしまうような気がします。
だから、執着がなく恨みや憎しみを抱かなければ、地獄がないと思うのです。
いつも他者の幸せを考えている聖人のような生き方ができていれば・・・ですが(笑)
あの世に行って最初にすることは、私利私欲、執着、怨念などを消す作業ではないかと思うんです。
つまり、地獄と言われている世界に所属するような感情や思いを消す努力ですね。
それをしないと、本当にあの世で暮らすのが不自由のような気がします。
ここを地獄と言っているのではないかと思うのです。
だって、あの世はいわゆる「天国」だと今我々が想像しているような所だけではないかと思うのです。
だけど、成長により段階があって、同じレベルの人同士が同じところにいるように思います。
この世の様に、人殺しと生き仏のような人が隣同士に住むなんてことはないということです。
その天国もお花畑があって遊んで暮らして・・・ではなく、魂修行の場と捉えています。
魂の修行とは、他者の幸せの為に自分を生かすことに努力をする感じです。
今の世は、肉体を持って、時間の制限の中で、生老病死の苦しみと飢えの恐怖の中で暮らしています。
これは、きっと魂(心)の成長には、またとない素晴らしいチャンスなのかもしれません。
そうなら、今起きている逆境や不幸は、絶対に乗り越えられるはずですね。
頑張ろうと思えるではないですか。
これは全部私の想像です。
私は、どこの宗教団体も所属していません。
今後も所属する気はありません。
でも神様はみんなの心の中にいると信じています。
というか人間みんなが本当は八百万の神々で、私たちもその一人のような気がします。
だって、昔の神様と言われていた方々は、みんな人間だったし・・・例えば、
天満社(天満宮)は菅原道真公だし、談山神社は藤原鎌足公で、
豊国神社は豊臣秀吉公で、元は貧乏なお百姓さんで、どの方々も皇尊でもないのですから。
みんな生きている時は人を殺したり、死んだ直後には恨んでいたりしていたのに、今は人助けをしているのですもの。
私たち人間はみんな神様なのではないでしょうか。
生き方を正して、「らしく」生きて行きたいものですね。
2010年7月13日 11:30 PM | 日記 |
7月12日の日記
武士道協会を設立する時に、大変お力添えを戴いた方が井筒八橋の津田会長と、昨日参議院議員に出馬していた江口克彦前PHP総合研究所社長です。
その江口先生が当選しました。おめでとうございます。
ご本人から「これからは日本のため、国民の皆様の為に一生懸命努力します」というメールを戴きました。
同じみんなの党から、先日会津若松の会津エンジンで講演したときに紹介された小熊慎司さんも当選なさいました。
たまたま、お二人ともみんなの党から出馬なさってました。
どこの党に所属なさっていても、本当に今の子供たちが「日本は地球で一番素晴らしい国です」と誇りと自信を持って言えるような国にするために、リードして行って頂きたいと心から願っています。
宜しくお願いいたします。
2010年7月12日 11:35 PM | 日記 |